2015年4月24日

4つの層で考える戦略的で柔軟なまちづくり・むらづくり(第4回:最終回)

まちづくりの遠回りと混乱を防ぐために

第1回~第3回で説明した理想的なまちづくりを振り返りながら,現実の「問題」を浮き彫りにする。

「将来像の選択に関する価値観」を誘導しない

第1回では,外部の力で当事者の価値観を誘導することは不可能と主張した。しかし,現実のまちづくりでは,外部の支援者が,意識的か無意識的かはさておき,特定の目的に向け,当事者全体の価値観を誘導しようとすることがある。「守ろう」を連呼して,それ以外の意見を封じるような雰囲気を作ることも健全ではない。最悪の場合,本音と建て前の併走し,まちづくり全体が大きく混乱することになる。価値観の誘導は厳禁である。

将来像の「選択」を省略しない

現実のまちづくりで将来像が深く議論されること,第2層(将来像の「選択」)が意識されることはまれであり,「現状そのまま+少々の何か」または「少し前の,にぎやかだった状態」に固定されていることが多い。確かに,まちづくりを進める側としては,そのほうが楽でよい。例えば,市町村の計画の場合であるが,駅周辺を「にぎわい創生ゾーン」,農地が多いところを「人と農の共生推進ゾーン」,辺地を「緑の聖域」としておけば,誰も文句は言わない。

「現状そのまま+少々の何か」が実現可能であれば,第2層を省略しても,まちづくりが破たんすることはない。しかし,実現不可能な場合,第3層で「深刻な問題」が顕在化する。「将来像を選ぶ」という発想がないため,実現不可能と分かっても却下できないという「深刻な問題」である。実現不可能なものを目指すという無理は,バラ色の希望的観測の横行を許し,モデル的自治単位の体力をいたずらに消耗させる可能性が高い。もっといえば,別のまちづくりの判断をも狂わせることもあり,まさに「百害あって一利なし」である。第2層は省略せず,できるだけ多くの将来像を準備すべきである。それは用心深さの現れであり,「逃げ腰」と非難されるべきものではない。

なお,まちづくりでは「問題」ということばに注意すべきである。問題は目標(将来像)と現状の差である(1)。「問題」ということばが安易に使用されているとすれば,それは将来像が安易に扱われているということを意味する。

(1) 内田治『ビジュアル品質管理の基本』日本経済新聞社,1995

シェア
LINEで送る
Pocket

投稿日時
2015年4月24日 19:41
カテゴリ
論説
キーワード
, , , ,
ページトップへ戻る